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レプリカズ映画の評価が低い理由はつまらないから|ネタバレ含む感想・レビュー

2019/05/20
 
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キアヌリーブスさん主演の映画レプリカズを、海外で既に見たのですけれどね、周りを見てもつまらないとの酷評が多いです。

中には失笑からコメディ感覚で笑っちゃう人もいました。

でも私はこの映画素晴らしいと思ったので、酷評の理由と感想をネタバレを含めてお話します。

映画レプリカズのネタバレ・あらすじ

「レプリカズ」とは、「複製たち」という意味。

主人公であるキアヌリーブスさんは、神経科学者ウィリアム役を演じています。

物語の始まり

ウィリアムは、人間の意識をコンピューターに移す実験をする仕事に没頭していますが、最後のところでうまくいきません。

もう少しで成功しそうなのに、人間の意識をコンピューターに移した後、コンピューターが自分を認識できずに自分を破壊してしまいます。

ウィリアムは「なぜか?」といっつも頭を抱えています。

ウィリアムは綺麗な奥さん・モナと、3人の子供がいます。

頭にストレスがかかる仕事をしているウィリアムは、いつも感情なさそうに家族に対応しているようで、奥さんには「あなたには妻とかわいい子供たちがいるけど、私たちには科学者がいる」なんて嫌味を言われてしまいます。

事故

ある日、家族でお出かけをすることになりました。

大雨の中をウィリアムが運転していましたが、事故に遭い、妻と子供たちを失ってしまいます。

ウィリアムはわずかな間悲しみますが、普段人の意識をコンピューターに入れる実験をしているので、その技術を使って家族をこの世に連れ戻すことをすぐに思い立ち、助手のエドと共にこっそり働きます。

クローンと選択肢

ウィリアムは家族のクローンを作ることにしますが、妻と3人の子供合わせて4つのクローン製造システムが必要なところ、3つしか手に入りません。

そこで泣く泣く一番下の子を諦めることに。

問題点

クローンの体はどんどん成長していき、意識を移す時期が来ますが、前回の実験で、コンピューターに意識を移した後、自分を認識できなかったコンピューターが自分を認識できずに破壊してしまった原因がまだ分かっていません。

なので、ウィリアムは家族のクローン体に意識を移すことができないでいます。

しかし、クローン体として横たわる妻の手に触れた時、脳波に変化があることに気がついたウィリアムは、前回意識移植を失敗した原因を突き止めます。

家族の復活

ウィリアムの妻と子供たちは、その後意識の移行作業に成功し、何もなかったかのように蘇ります。

ウィリアムは、混乱を避ける為に意識のメモリーを操作していましたが、家族に様々な記憶障害のような事象が起こり始めます。

ボスに狙われる

ウィリアムの助手がボスに真実を明かしたことで、ボスは何が起こっているのかを知ってしまいます。

そして、ウィリアムの家族をサンプルとして手に入れようと、ウィリアムに迫ります。

家族を守る為に、ウィリアムたちは逃げることになりますが、クローン体にGPSとなる神経システムが埋め込まれていることから、ボスはすぐに居場所を突き止めます。

ラスト

最後にヒーローとなるのは、ウィリアムの意識が入ったコンピューターです。

ウィリアムは事前に自分の意識を取り出し、コンピューターに移植していました。

そのコンピューターが、ウィリアム家族を追う人々(ボスと手下たち)をやっつけます。

そして、ウィリアム家族はその後平穏を取り戻したのでした。

レプリカズはつまらないと評価が低い理由

1、道理にかなっていない

映画を見ていると、人気映画の多くは実際に起こりえる物ごとを描写していることが多いです。

例えば理想的な恋愛ストーリーだったり、笑えるコメディーストーリーだったり、「可能性としてはあるかもな」というものが多いです。

例えは、スーパーマンとか宇宙戦争にしても、スーパーマンのマスクをかぶった人は実際にはいないかもしれないけれど「ヒーロー性はあるだろうな」とか、「エイリアンが襲撃してくる可能性もなくはないな」といった可能性があります。

でも、レプリカズは、可能性としては、無いです。

クローンに人間の意識を移すことの可能性はなくはないですが、人間というものは基本的に「意識と魂と体」で成り立っているので、私たち人間が魂を創ることができなければ、人間をそのまま複製することはできません。

というか、私たち人間の命は魂から来るので、意識と体だけでは生きられません。

でも、レプリカズのクローン家族は、意識と体だけで生きています。

このような「あり得ないだろ」なストーリー設定が、見る者に「偽物観」を植え付け、真実味がないので面白くなくなってしまうのです。

2、ストレスが溜まる

レプリカズを見ていると、すごくストレスが溜まります。

その理由は、ウィリアムという主人公が既に「頭の思考」に偏った人間であり、心が見られません。

泣いているシーンもありますが、感情が全く見られません。

ウィリアムという科学者という設定として、感情的ではなく思考的であるように映されているのだと思いますが、ウィリアムはいっつも「どうしようどうしよう・・・そうだこうしよう!今度はどうしよう・・・」と頭を抱えています。

そして、解決策が見つかったかと思いきや、新たな問題が沸き起こったりして、解決に至りません。

いつも「どうしようどうしよう」と考えています。

その為、見ていてすごくストレスが溜まります。

また、この映画全体として、ハートフルな部分(感情が動く部分)がほとんどありません。

映画そのものが意識と物質だけで作られた感があります。

だから、見ていてストレスが溜まります。

3、演技力と舞台セットのギャップ

キアヌリーブスさんは、演技力が高いです。

でも、映画の舞台セットはちょっとシンプルな感じです。

これ以上それらしい舞台セットを作ることができたかと聞かれれば、私にも発想はありませんが、キアヌリーブスさんの迫真の演技とシンプルな舞台セットの間に大きなギャップがあり、見ていると「キアヌさん、そんなとこにすごい真剣にならなくても・・・」という感覚が生まれます。

例えば、実験室で意識を人型コンピューターに移す場面では、それらしい装置が置いてありますが、中には「何このプラスチックの垂れ下がっているやつは・・・」みたいな現実に戻ってきてしまうようなセットも見受けられます。

例えば、ウィリアムがトイレの中で自分の意識を抽出しようとしている時も、凄い迫真の演技でやっているんですけど、装置がシンプルなので「工具箱を物凄い真剣に開けている人」がふらっと見えてしまいました。

そういう、キアヌさんの「迫真の演技」と舞台セットの「シンプルさ」に物凄くギャップがあるのを感じました。

4、突っ込みどころが多い

映画の構成として、突っ込みどころが多いです。

「え?そんななの?」とか「それ意味ないよ」というようなことが結構あります。

例えば、家族の中で一番下の子(Zoe)の復活を諦める必要があったウィリアムは、他の復活した家族の意識データを改ざんし、そもそも下の子がいなかった状態を自分で作ります。

家の中からも、Zoeの写真を片付けたり、テーブルの上の落書きを消したりと、Zoeの存在がなかったことにしようと試みるウィリアム。

でも、冷静に考えたら、「え?でも、近所に人とか学校とか、Zoeの存在を知っている人はいるよね・・・なかったことにはできないよね」と思います。

後は、「どうしよう、どうしよう」の臨場感を出す為だと思うのですが、クローンで家族が蘇った後、「妻に異変が・・・!」とハラハラさせる場面で、実は腐った牛乳を飲んだせいだったりして、「何だよ~」と思ってしまう場面も。

このような場面を1つ1つ突っ込んでいったらきりがなさそうですが、ストーリーのあらゆるところに、「そんななの!?」と突っ込みたくなるところが結構出てきます。

このように、レプリカズは、大作とは言えないような仕上がりになっており、知的な人であればあるほど低い評価をしているようです。

実際は面白いと思った私の感想・レビュー

そんな世界中で評価の低い映画レプリカズですが、私はこの映画凄いなと思いました。

何故なら、この映画のメッセージ性に気がついたからです。

一見、どうしようもない駄作に見られるレプリカズですが、この映画をよく見ると、私たち人間の滑稽な姿が映し出されています。

思考に偏った人間

まず、主人公のウィリアム演じるキアヌさんは、心有らずで思考に偏った人間性を見事に演じています。

これって、今の社会で私たちの多くにありがちな事実です。

頭で問題解決することばかりを考え、ストレスに苛まれ、問題を解決していくどころか、事態は悪化していく。

そしてまだ問題を解決しようと頭を使って頑張り、人として間違った方向へ進んで行ってしまう。

これ、私たちの多くに起こっている社会現象です。

映画の中で、ウィリアムと助手のエドの間でこんな会話があります。

エド:If we make a mistake, I need to know you are prepared to terminate.

ウィリアム: We just won’t make a mistake.

エド:What if something horrible goes wrong?

ウィリアム:Something already has.

映画レプリカズより引用

簡単に要約すると、

エド「もしも何かあったらこの計画を打ち切る心の準備をしておいて欲しい」

ウィリアム「失敗しないさ」

エド「もしもやばいことが起こったらどうする?」

ウィリアム「もう起こっているよ」

と言っています。

これはつまり、「クローンを使って人間を蘇らせようとしていること自体が既にやばいことだ」という認識があるということです。

このような行動は、心無くして思考に偏った人間が道理を理解することなく起こしている行動です。

これは映画レプリカズに限ったことではなく、日常生活のどこでも起こっています。

映画を見ていると、客観的になれるので、「レプリカズは道理にかなっていない。どんどん間違った方向にいくという悪循環にハマっている」ということが直ぐに分かるでしょう。

でも、私たちの実生活の中では、私たちは悩み事や辛いことがあれば頭を使って解決しようとしていることが非常に多く、物事が悪化したり、ストレスが溜まっていっていることに自覚できないでいるということはないでしょうか?

レプリカズは、そんな私たちの滑稽な姿を象徴していて、学びになるなと思います。

死を受け入れられない人間

ウィリアムは、映画の中でどんどん間違った方向へ進んで行きます。

具体的には、死んだ家族を蘇らせる為に、事故があったことを隠し、物を盗み、妻や子供に成りきってメールやメッセージ送り、人と争うという風に、どんどん非道理なことを繰り返していきます。

これらは、「嘘を隠す嘘」のような感じで、悪は雪だるま式に大きくなっていきます。

しかし、これらの原点は、「家族の死を受け入れられないウィリアム」にあります。

死を受け入れられない人間というのは、これまた私たちの社会現象としてあります。

死ぬことを恐れ、薬を使ったり技術を発達させることで、死をできるだけ遠ざけようとしている風習があり、それが結局少子化問題に繋がったり、虐待問題に繋がったりと、見えない形で私たちを蝕んでいます。

レプリカズを見ていると、客観的になれるので、「死んだ人を蘇らせたい気持ちは分かるけど、それはしちゃいかんよ」と冷静にコメントすることができますが、実際の生活の中で、死を受け入れられない私たちはどれほどいるでしょうか?

レプリカズは、死を恐れる滑稽な私たちを客観的に見せようとしていて、凄いなと思いました。

まとめ

映画レプリカズは世界的にもつまらないと評価が低い映画です。

その理由には様々なものがありますが、私は滑稽な私たちの姿が映し出されていてとても勉強になると思います。

確かに、映画としてまとめるには、少し荒いところがあったり、ハッピーエンドのように見えるエンディングに違和感を感じることもあるかもしれませんが、私たち自身と向き合う為の大きなメッセージが深層にある映画だと思います。

それに、今は何でも可能な時代です。

もしかすると、実際にこのようなことが世界のどこかで起こっている可能性を示唆しているのかもしれません。

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